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北方島文化研究会のブログです。当会は、「アイヌ文化の源流とその形成および成立過程」について、多くの分野から研究を進めることを目的としています。まずは、気軽にご参加ください。

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第47回研究会兼第13回巡検in稚内 [研究会記録]

第47回研究会兼第13回巡検は、14時稚内市立図書館にてスタート。まずは、土肥さんが「声問大曲遺跡の調査」について発表。続いて、右代さんが「稚内の遺跡探究」「2013年色丹島の考古学調査」と2本も発表。通常ならここで宿入りですが、北方記念館が見学できるということで資料を見せていただきました。二日目は、声問貝塚、声問大曲遺跡、増幌チャシ、増幌川口2号チャシ、サンナイ遺跡、オンコロマナイ遺跡などを見学しました。3回の藪こぎは、いい運動でしたが、ダニへの恐怖もありました。
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くわしくは、下記のリンクをご覧ください。https://www.facebook.com/media/set/?set=a.300106713469145.1073741828.197874313692386&type=1

第46回研究会 [研究会記録]

本日の研究会は、総勢18名での参加と大盛況でした。また、研究会と遺跡見学、遺物見学の一日で、素晴らしい最新成果を学ぶことができ、充実の一日を過ごすことができました。
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https://www.facebook.com/media/set/?set=a.286511141495369.1073741827.197874313692386&type=3

北方島文化研究会だよりDriftIce第15号刊行しました。本日夜間発送しました。 [研究会記録]

北方島文化研究会だよりDriftIce第15号刊行しました。前回からのカラー!!本日夜間発送しました。だよりは、会員だけに配布されています。
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第45回北方島文化研究会、無事開催されました [研究会記録]

第45回研究会の参加者12名。広田さんは、「トーサムポロ湖周辺竪穴群について」と題して発表されました。わたしは、広田さんの発表に間に合わなかったので、内容は記せません。高瀬さんは、「南カムチャッカおよび北千島における内耳土器の型式分類と年代」について、発表されました。北千島~南カムチャッカの内耳土器を3型式に分け、変遷と年代、地理的分布と画期の解釈について話されました。研究会の後は、土肥事務局長代理によって2012年度活動報告がなされました。ほかに、2013年度活動予定、会計報告、広報報告、会誌報告がおこなわれました。
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第44回研究会 [研究会記録]

第44回研究会の参加者14名。北は岩見沢、南西は洞爺湖町、南東は平取町、厚真町から来てくださいました。詳細は、以下のリンクでご覧ください。
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.239111422886108.57812.100003617569543&type=1&l=2ca6c36004
https://plus.google.com/u/0/photos/112950725077111197089/albums/5820679271276225489

第43回研究会 [研究会記録]

第43回研究会は、抜けるような秋晴れの中、無事終了することができました。参加は、12名。地元から5名、札幌、江別から6名、埼玉から1名。
行程は以下をご覧ください。
http://goo.gl/maps/UuG85
写真は以下のリンクからご覧ください。
https://plus.google.com/photos/112950725077111197089/albums/5791717151085074673

第17回巡検 [研究会記録]

第17回巡検の行程は、以下のリンクをご覧ください。
http://goo.gl/maps/QtZ6
今回の目玉は太田山神社。登頂を目指したメンバーは、無事生還しました。
写真は、以下のリンクでどうぞ。
https://plus.google.com/photos/112950725077111197089/albums/5769097197016379969

第42回研究会 [研究会記録]

江別からの道程と、見学地は下記のリンクをご覧ください。http://goo.gl/maps/t75O
研究会の様子と、締めに目梨泊遺跡をバックに撮影した写真をアップします。
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第41回北方島文化研究会 [研究会記録]

本日は、11名の参加で研究会が開催されました。本日は、国宝土偶三兄弟揃い踏み最終日とあって、異様な雰囲気のする北海道開拓記念館の一室で、粛々と研究会を開きました。参加メンバーの一部は、研究会前に土偶鑑賞を済ませたりしました。
研究会は、安田氏に、フゴッペ洞窟関連の科学研究についてと題して、主に遺跡保存の観点から、フゴッペ洞窟の岩体について話していただきました。
次の右代氏による北方四島の考古学考古学調査は、途中急なお客人のため鈴木氏にバトンタッチしつつも、国後島での遺跡調査について報告していただきました。
その後、年度最終の研究会なので、2011年度活動報告会及び2012年度活動予定を報告しました。
夜は、札幌駅まで繰り出して、交流を深めました。
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第34回研究会 [研究会記録]

 2010年2月27日(土)午後1:00から北海道開拓記念館にて第34回研究会を開催しました。久しぶりの3本の発表のためか、20名の参加となり、会場が狭く感じられました。また、南は東京、東は根室、北は名寄と、参加者のエリアも普段以上でした。
 最初に、「貝の文化史 海洋資源の利用と古環境―貝塚からみたエゾアワビの捕獲史から―」と題して右代啓視氏が発表した。北方の先史時代の人々が海洋資源をどのように利用したか、また「賢明」な利用があったのかという視点から、エゾアワビの利用について検討が加えられた。エゾアワビは、縄文文化以降貝塚などから出土するが、縄文文化では幼貝としての出土であったり、バラバラの状態で出土したりするとのことであった。ところが、続縄文文化以降になると、殻の形を残して出土するようになる。殻には人為的な穴が開いており、それはヤスで付いた痕跡であるが、道具の違いによって、続縄文文化、擦文文化では円い一つの穴が開き、中・近世では一~三個の四角い穴となる。また、年齢ごとの殻の大きさを比べると、現在の北海道において成長が良いといわれる地点のものと変わらないとのことであった。さらに、捕獲時期は、続縄文文化では春と秋を中心に捕るものの、集中的な捕獲というものではないが、近世では秋と冬に捕獲時期を定めているような傾向がみられた。そして、北海道の先史時代のうち、中・近世、そして近代では「賢明」な利用はなされなかったと結論付けらた。
 次に「アイヌ文化におけるエゾシカと人間の関係―”シカ送り”をめぐって」と題して、児島恭子氏が発表した。氏は、考古学で言われる「シカ送り」はあった、という最近の研究に対して、①「送り」、「送り儀礼」の意味が曖昧、②口承文芸を見ると、シカへの信仰はほとんどない、③基本的にシカはカムイではなく、送り儀礼が伴う理由がない、④民俗記録、口承文芸にシカ送りの事例がないのは、19世紀に希薄化したためとされるが、はたしてそうなのか、という疑問を抱き、それについて検討がなされた。①については、送りとは、人間の下から動植物の世界へ送り返すことで、それには儀礼が伴う。儀礼は、熊送りが、最も複雑なもので、そこから小動物や道具への簡単な儀礼にいたるまでいくつかのレベルがある。ただまとまって置かれただけでは、廃棄か送りか判別できないとした。②については、シカが出てくる口承文芸をみても、信仰された痕跡はなく、シカが不猟で困り、アイヌラックルやオキクルミといった文化神が、幸や狩猟、水の女神に頼んだ場合も、主体的に人間界に降りてくるのではなく、袋に入ったものを開けたり、毛を吹き飛ばすことで人間界に満ちるというものであった。③については、シカの意匠や、イナウはないとのことであった。④については、シカの多い地域では、シカの伝承があるが、カムイとされたり、送られた事例はない。シカが少ない地域だったり、特別な事例に限り、送られた可能性はあるということであった。つまり、信仰や儀礼の対象になるのは、特殊な能力を認めるクマなどで、経済的に依存度は高い場合は、ありふれたもので送りの対象とはならないという結論であった。考古学で簡単に送りというが、送りとは儀礼を伴うもので、用い方に問題があると説いた。
 最後に、「サハリン北部のナビリ文化とピリトゥン文化について」と題して、菊池俊彦氏が発表した。サハリン北部は1998年から2007年にパイプライン敷設に伴う緊急発掘で、多数の遺跡が調査され、初期鉄器時代については、新たにナビリ文化とピリトゥン文化が設定された。ナビリ文化は、紀元前8世紀~紀元3世紀の文化とされ、サハリン南部のススヤ文化(紀元前5世紀~紀元5世紀)に対応するとされた。住居跡は、四角形、五角形、六角形の平面形で、土器は尖底で、櫛目文に特徴がある。ピリトゥン文化は、紀元前10世紀~紀元4世紀の文化で、土器は尖底や丸底で、突瘤文と櫛目文を複合する特徴があり、サハリン南部のアニワ文化(紀元前8世紀~紀元3世紀)と共存していたとされる。両文化は、かつて北サハリン文化と呼称されたものであるが、二つに分けて、その相違ははっきりするのか。また両文化とアニワ文化、ススヤ文化とどのような関係にあるのかは、今後の課題として残ると結論付けられた。
 今回は、環境変動と持続可能性、民族学と考古学、北海道考古学とサハリン考古学といった多彩なテーマで発表がなされ、質疑応答も多い、実りある研究会となった。特に、児島氏による民族学側の視点は、主たる参加者である考古関係者にとって刺激的であった。また、北方島文化研究会の目的である、「「アイヌ文化の源流とその形成および成立過程」を考古学・文献史学・民俗学・民族学・自然科学など、多くの分野から研究を進めること」に合致した。
 なお、研究会の後には、2009年度の活動報告も行った。その後、新札幌に会場を移し、夜の部のみの参加者も加え、大いに盛り上がった。
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